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第56回 日本の文化と伝統(5) 江戸指物
ロハスなはなし
▲戸田敏夫さんが手がけた引き出し。万年筆を収納するものが欲しいという注文を受けて、制作されました。すべて最高級の桑の木で作られています。
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仕口①
ロハスなはなし
仕口②
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仕口③
▲仕口の一例。①は2本の柱を組み合わせる仕口。②は①のように組み合わせた柱にほぞ穴を開けて、さらに垂直に柱を取り付ける仕口。③は2枚の平板をつなぎ合わせる仕口。
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▲数百万円はくだらないという戸田さん渾身の作品の飾り棚。半年以上の制作期間を経て完成しました。
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▲道具は基本的に、のこ、かんな、のみの3種類。繊細な仕事が要求されるため、こんなに小さな自作のかんなも使います。
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▲戸田敏夫さん。注文は数年先まで埋まっているといいます。
第56回
日本の文化と伝統(5) 江戸指物
2010/11/10
 

[1]今も進化を続ける指物の技術
 「ほぞ」とは、木材を組み合わせるために削り出した突起のことです。それを差し込むための穴をほぞ穴、さらにほぞで木材を組み合わせる仕組みのことを「仕口(しぐち)」といいます。江戸指物は多種多様な仕口を使って組み立てられます。例えば、2本の柱を垂直に固定するために、一方に細い円柱状のほぞを作り、もう一方にそれをはめるほぞ穴を開けて留める仕口。または、2枚の平板を垂直につなぎ合せるために、歯のようなほぞを彫って、それをかみ合わせる仕口など。基本形はあるものの、ほぞの形は職人一人ひとりによって異なり、より丈夫な仕口になるよう職人の知恵と腕がもっとも求められるところです。
 「仕口は、進化し続けています」と、戸田敏夫さんは言います。戸田さん自身、新しい仕口を数多く編み出してきました。それらは、現代の生活様式に合わせるためだったり、ちょっとした不便さを解消するため、ささやかなことも見逃さない着眼点の鋭さによって生み出されたものです。
 「今から25年以上前独立した当時、これからの生活はエアコンが欠かせなくなるなと思いました。エアコンを使うと、これまでに比べて室内が乾燥するようになります。そうなると木は水分が奪われて収縮してしまいますから、木が動かないようにがっちり固定する従来の仕口では、ほぞにひずみができるだろうと思いました」。戸田さんは発想を転換し、あえて木が動く遊びができるように仕口を工夫したと言います。その結果、室内の湿度によって木材が伸縮しても、木が割れたり、引き出しの開閉がしにくくなったりすることがなくなりました。
 「伝統工芸だからといって、“昔ながら”ばかりでは、ものづくりは停滞してしまいます。常に好奇心と研究心をもって、工夫していくことが大切です」。これは、一介の職人であり続けたいという戸田さんの身上です。

[2]精密な仕事と、桑の木へのこだわり
 18歳で江戸指物の世界に入り、40年以上の経験をもつ戸田さんですが、今でも自分の仕事に対する不出来なところが目に付くといいます。「追求しても難しいのが品格を出すこと。それは、『あの職人が作るものはどこか違う』と称されるようなものです」。  いつまでも向上心を忘れない戸田さんが、「一生に一度させてもらえるか、もらえないかの仕事」と語る見事な完成品が、仕事場にはありました。戸田さんが技術と経験を惜しみなくつぎ込んで作り上げたばかりの飾り棚です。
 品格のためには、精密な仕事の積み重ね、すっきりと仕上げることが極めて重要です。例えば、天板なら四辺の角を削って仕上げることで、天板の厚みが薄く見え、野暮ったい印象になるのを防いでいます。このように細部にまで神経を行き届かせることで、つくりは極めて丈夫でありながら、見た目はほっそりと繊細な印象に仕上げているのです。さらに、美しい木目と色調、つややかに輝く光沢感も、戸田さんの指物には欠かせません。この美しさは木材に桑の木を使っているからこそ生まれるものです。桑は古くから高貴な身分の人が使う調度品に使われることが多い木材で、世界各地に分布していますが、国内では伊豆諸島の御蔵島(みくらしま)で採れる桑が最もよい品質と戸田さんは言います。最高級の木材を使うからには、それに見合った最高の仕事が求められます。そのため、指物師のなかでも桑を扱える職人は、仲間うちから「桑物師」と称され、一目置かれる存在なのです。戸田さんは数少ない桑物師の一人です。

[3]職人が自立していくために
 江戸指物の需要が多かった十数年前までは、指物師への仕事は問屋が窓口となって引き受け、各職人に振り分けていたのだそうです。けれども、現在は需要の低下から問屋の数が減ってしまったため、職人が個別で仕事を取る必要性も増えてきたといいます。戸田さんは20年以上も前に、職人が集まり、作品を消費者に直接披露する展示会を企画。回を重ねるごとに来場者数が増え、現在は新春に東京・玉川_島屋で開催されるほどの規模に成長しています。
 「これからは各々が自立して、自分に合った道を切り開いていくことが大切なのではないでしょうか。そのためには、長く受け継がれてきた技術の上に、さらに独自の工夫を積み上げ、正々堂々、自分に恥ずかしくない仕事を一生懸命することが大切」と語るように、戸田さんは自分を叱咤激励しながら仕事を続けてきました。
 江戸指物の歴史が消えないように尽力し続ける戸田さんですが、その上で江戸指物の今後については「自然淘汰されていくことを止める必要はありません」と穏やかに語ります。「江戸指物は一度滅びてしまったら、再生は難しい業種のひとつでしょう。けれども、世の中に必要とされれば残ります」。その言葉には、静かな自信がにじんでいました。


<取材協力>
江戸指物協同組合
→http://home.e01.itscom.net/edosashi/
 
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