CLUB GC  
ロハスなはなし 第40回 水のある風景を取り戻す 美しい水都・東京へ
ロハスなはなし
▲現在の東京にも大小さまざまな川や運河が走っています。
ロハスなはなし
▲現在の東京で見られる水辺の風景。
ロハスなはなし
▲カルガモプロジェクトによって芝浦西運河に設置された人工巣。ボランティアスタッフが巣の清掃や給餌を定期的に行っています。(写真提供/認定NPO海塾)
ロハスなはなし
▲お母さんカルガモについて泳ぐヒナの姿に癒やされます。(写真提供/認定NPO海塾)
ロハスなはなし
▲東京都水道歴史館に展示されている江戸の上水井戸の様子を描いた絵。
ロハスなはなし
▲1986(昭和61)年に清流復活事業によって流れが復活した玉川上水。
ロハスなはなし
▲今年6月にリニューアルオープンしたばかりの東京都水道歴史館。江戸や東京の水道にまつわる貴重な資料を展示。
第40回
水のある風景を取り戻す
美しい水都・東京へ
2009/7/10
 

(1)家康の江戸入城より始まる「水の都」
 「水は江戸時代より継続して今日においても東京の美観を保つ最も貴重なる要素となってゐる」と、永井荷風が『日和下駄』で書き記したように、江戸は水の都でした。1590(天正18)年、徳川家康は江戸城に入ると、海に近い僻地だった江戸の都市機能を整えることから始めます。そのキーワードが「水」。具体的には、大量に物資を運べる水路の整備と干潟や浅海の埋め立てによる居住地の造成、生活用水の確保、河川の改修でした。家康は江戸城本丸先と江戸湾の間に「道三堀」、その先につながる隅田川と中川(現在の旧中川)を結ぶ「小名木川」などの開削に着手。これらの水路は行徳から江戸の市井に塩を運び入れるための水路として整備されたもので、その後も昭和前半まで水上輸送路の要所として重用されました。
 また、三代将軍・家光の時代になると参勤交代が始まり、飛躍的に江戸の人口が増加して生活用水の確保が急務になります。そこで1653(承応2)年4月、幕府は江戸から10里も離れた多摩川からきれいな水を引くため、「玉川上水」を着工。翌年6月には地下に木製の配水管を布設し、江戸城をはじめ四谷、麹町、赤坂、京橋方面まで江戸の南西一帯に給水したといいます。こうして江戸の中期にもなると、運河が市井を縦横に走り、地下には配水管が張り巡らされていました。この水の都として優れた都市構造は江戸中期に確立され、その姿は明治時代まで引き継がれていったのです。

(2)もっと楽しもう、東京の水辺
 江戸の経済活動を支えた川や運河は、同時に江戸の人々の憩いの場でもありました。夏になると川辺へ夕涼みに出掛けたり、舟遊びに興じたり、水辺は船が行き交い人々が遊ぶ賑わいの場だったのです。明治維新後も、川や運河は東京湾から都心部を結ぶ貴重な輸送ルートとして活用されてきました。しかし、戦後の復興から経済成長期にかけて地上交通網の整備が進むと、輸送手段は舟運からトラックや鉄道へ。同時に運河の一部が埋め立てられ船の往来も減り、運河はかつての魅力を失っていきました。
 そこで、最近では寂しくなった水辺の環境を改善しようと多種多様な取り組みが始まっています。例えば、東京都では専門の船を出して川のごみを清掃したり、運河の再利用を支援する「運河ルネッサンス」をスタートさせたりしています。ここでは、それらの中からNPOによって行われている面白い取り組みをご紹介します。

●カルガモプロジェクト/認定NPO海塾
 芝浦アイランドができる以前、あの一帯は土の護岸に囲まれた緑豊かな森の島であり、そこには親子そろって仲良く泳ぐカルガモたちもたくさんいました。すっかり少なくなってしまったカルガモたちに帰ってきてもらおうと、2007年よりスタートしたのがこの「カルガモプロジェクト」です。世界初となるカルガモの人工巣を設計し、芝浦の運河の上に設置。その試みは見事に成功し、初年度からたくさんのヒナが誕生し、芝浦の運河はカルガモが仲良く泳ぐ場所に戻りました。

(3)大切に使っておいしく飲もう、東京の水
 江戸時代、神田上水や玉川上水から引かれた水は配水管を通して江戸の市井に配られました。町の要所、要所には上水井戸(または水道井戸とも呼ばれる)が設けられ、人々はそこで水を汲んで生活用水としました。「井戸端会議」という言葉があるように、長屋暮らしの人々にとって井戸はコミュニケーションの場でもありました。
 水質悪化によって江戸時代の水道網が近代水道に移行されたのは、1898(明治31)年のこと。現在の西新宿に淀橋浄水場が設置され、玉川上水より引き入れた原水は浄水場で沈でん・ろ過処理後、配水されるようになりました。その後、高度成長期を迎えた東京は水の需要が急増し、慢性的な水不足に悩まされるようになります。その根本的な解決策として、1965(昭和40)年より利根川からの取水が開始。淀橋浄水場は東村山浄水場へと移行・廃止され、玉川上水も上流部を残してその役割を終えました。
 東京の近代水道は、日量24万立方メートルの施設能力で始まり、現在は日量686万立方メートルにまで発展しましたが、利用者の水道水離れといった課題もあります。そこで、東京都水道局では2004(平成16)年から「安全でおいしい水プロジェクト」をスタート。東京の水道水はおいしくないというイメージを払拭するために、抜本的な水道水の改善が行われています。そのひとつが浄水場の機能向上です。利根川水系の浄水場では、平成25年に取水する水のすべてに対してカルキ臭の原因となる物質も除去できる高度浄水処理が実現します。さらに、老朽化した水道管の取り替えや直結給水の推進なども行われ、“蛇口から出る水道水=おいしい水”になるように、水道局では多岐に及ぶ努力が続けられています。

 江戸時代、井戸は上水の清流をたたえ、川や運河は美しい町の景観を作り出し、江戸の豊かな暮らしを支えました。それは現代の私たちにとっても同じこと。水道水の節水に心掛ける、水辺のゴミ拾いをするなど、水や水辺の環境を守るためにできることはたくさんあります。小さなことから始めてみてはいかがですか?

ロハスなはなし

<参考文献・URL>
東京都水道歴史館「東京水道の歴史」
→http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/water/pp/rekisi/s_history.html
認定NPO海塾
→http://www.umijuku.net/
東京都建設局「東京の川にすむ生きもの」
→http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/ikimono2/index.htm
東京都水道局環境計画
→http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/press/h15/press040127.pdf
 
閉じる
ロハスって?
Copyright(c) 2009 FUJIFILM BUSINESS SUPPLY CO., LTD. All Rights Reserved.