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ロハスなはなし 第10回 お米の話-江戸篇-
ロハスなはなし 第10回 お米の話 -江戸篇-
▲籾殻
収穫されたお米の籾殻は、次年度のお米の肥料として利用できる。
ロハスなはなし 第10回 お米の話 -江戸篇-
▲籾殻燻炭
籾殻はそのままだと産業廃棄物になってしまうが、このように燻して炭のようにしすると、土壌改良材として使用できる。
ロハスなはなし 第10回 お米の話 -江戸篇-
▲籾殻が火薬に
打ち上げ花火に使われる火薬のひとつ「割薬」(わりやく)は、火薬を燃えカスのでない速燃性の固形物や、コルク、綿の実、籾殻(もみがら)などにまぶして作られる。なかでも”籾殻”は日本では比較的安価で容易に入手できるため、古くから割薬の芯材として用いられている。
ロハスなはなし 第10回 お米の話 -江戸篇-
▲もみ殻トレー
籾殻を65%以上使用しており、「容器リサイクル法」の適用を受けないため、生活ゴミと一緒に廃棄することが可能なバイオマス製品として開発が進められている。
第10回 お米の話 -江戸篇-
2007/1/10
 
 

 リサイクルというと、私たちは不用品の再利用という意味のリサイクルを考えがちですが、江戸時代のリサイクルは大きな自然の循環によって成り立っていたといいます。太陽エネルギーを利用して作物を作り、徹底的に活用する生活。江戸時代の日本は、あらゆる面で植物と共存・依存し、循環させる「循環型社会」だったようです。
 その典型的な例のひとつにお米があります。
お米は江戸時代最大の生産品で、江戸中期以降、450〜500万トンにのぼっていました。金額では、江戸時代に日本で取引されているすべての品物(総生産)の36〜38%を占めていました。江戸の最盛期である文政年間(1818〜1830)の庶民の生活を著した『文政年間漫録』によると、江戸の庶民の米代は、妻と子供一人の生活で収入の22.3%に相当し、最大の支出となっています。
(ちなみに、現在、日本人が年間に食べるお米の量は、約910万トン。これがどのくらいの量かというと、東京ドーム球場9杯半程度になります。すごい量だと感じられるかもしれませんが、日本人が1年間に食べるお米の量は、年々減っていて現在では40年前の半分くらいになっています。現在、日本全体で生産できるお米の量(潜在生産量)は、およそ1,400万トンですが、実際に必要な量は950万トン程度であることから、およそ、3分の1の水田には稲以外の作物が植えられているという状況があります)
 米は備蓄分と種籾分(たねもみ)を残して食糧にまわっていきました。食糧として人間のお腹に入り、体内にエネルギーとして吸収された後は排泄されます。この排泄物が江戸時代のもっとも重要な肥料でした。特別な設備もエネルギーも不要、ただ集めるだけで窒素やリンを豊富に含んだ有機肥料を入手できたのです。
 江戸の住人たちによる排泄物量は、1人あたり平均600リットルくらい/年間と言われています。18世紀以降の江戸の人口は100万人〜120万人、おおよそ6億リットルから7億リットル、蒸発分を入れても5億リットルは肥料を生産していたことになるでしょう。
 これを農家の人がお金を払ったり、野菜などの現物と交換する形で買い取りました。農家では江戸の特定の地域や家と契約を結んでいて、定期的に訪問して買い取っていたのです。江戸の町の住人は有機肥料の生産者であり、農家の人はその消費者、そして農家の人は野菜など農作物の生産者となり、町の人はその消費者となる、このようなリサイクルシステムが、江戸では自然に成立していました。
 米を脱穀したあとにワラが残りますが、これも徹底的に再利用されました。半分は家畜小屋で使われる厩肥や堆肥になり、残りの20%がわらじ、縄、蓑などの日用品に、残りの30%が燃料などに使われました。燃料として使った後のワラ灰も肥料として利用し、大地に返すという徹底振りだったと言われています。

 
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