CLUB GC
表紙へ グリーンレポートへ 技術情報へ Q&Aへ アンケートへ
企業の「もしも」に備える防災&被災後の事業継続
 
すぐに分かる! 注目の経営手法や市場の「今」 グリーンレポート

企業の「もしも」に備える防災&被災後の事業継続

2019/05
地方のコンビニチェーンに学ぶ中小企業の事業継続
株式会社野毛印刷社
あなたの印刷ビジネス、”継続”できますか?

事業リスクは「不定形」。さまざまな状況を想定しておく

企業の「もしも」に備える防災&被災後の事業継続

地方のコンビニチェーンに学ぶ中小企業の事業継続
 2011年3月の東日本大震災では、貴重な人材や設備などの資産を失った多くの企業が廃業に追い込まれました。また、自社には直接の被害がなかったとしても、製品やサービスの供給遅れなどで事業縮小につながるケースもありました。近年は15年の関東・東北豪雨による鬼怒川水害、16年の熊本地震、17年の九州北部豪雨、18年の西日本豪雨や北海道胆振東部地震など、立て続けに大きな自然災害が発生して多くの企業が少なからず影響を受けています。
 事業に脅威を与えるリスクは、自然災害以外にもあります。経営者や従業員の交通事故、事業所や工場の火災、インフルエンザなどの集団感染なども事業に深刻な影響を与えることがあり、従業員の不適切な動画投稿による廃業や売上減の報道も増えました。こうした事態への備えとして、BCP(事業継続計画)の策定が有効といわれています。
前代未聞の「ブラックアウト」でも9割以上の店舗が営業継続できた理由
 18年9月の北海道胆振東部地震では、震源地近くの発電所の停電が連鎖して北海道のほぼ全域の約295万戸が停電しました。停電は約2日でほぼ復旧したものの、市民生活や企業活動に大きな混乱が起きました。
 この大停電でも店舗数の約95パーセント、1000店舗以上で営業を続けたのが北海道ローカルのコンビニチェーンです。一般的に停電になればレジが動かず、明かりもないため休業を余儀なくされます。しかし、このチェーンのほとんどの店舗で営業が継続できたのは、運営会社はあらかじめ非常用発電キットを各店舗に配布して、停電時の対応もマニュアル 化して対策を立てていたからでした。
 あらかじめ店舗に備蓄された電源ケーブルで従業員の車などから電源をとって営業を継続させ、店内調理を行う店舗ではガス釜を使って温かいご飯やとんかつなどを提供。多くの市民が食糧を確保して生活物資も購入できました。これらの対策マニュアルは、東日本大震災や台風被害などの度に見直しを重ねて現在に至ったそうです。
”形だけのBCP”はかえって弊害に 社内への浸透や共有が大切
宮城県気仙沼市で東日本大震災の津波により打ち上げられた漁船
出典:地震調査研究推進本部
(提供元:宮城県気仙沼市)
2015年の関東・東北豪雨の鬼怒川氾濫では、多くの住宅や商業施設や学校なども被災し茨城県常総市では8,991棟の浸水被害が発生した
提供:国土交通省関東地方整備局
 BCP(事業継続計画)はBusiness Continuity Planの略で、文字どおり緊急時に事業の継続や復旧を図る計画です。停電の発生や交通機関が麻痺した際、事前の取り決めがなければ、適切な対応は困難です。印刷機や加工機、通信機器などの設備や建屋の確認と復旧、物流確保や取引先との連絡など、業務継続への対応は多岐にわたります。この緊急時対応や緊急時に備えた日常の行動をBCPで策定し、あらかじめ取り決めておきます。
 しかし、BCPは形だけ整えても弊害を招く場合もあります。前任者や部外者が作成した文書が難解では運用できませんし、社内に浸透していなければ意味がなく、経営者が率先していないと策定や社内教育、訓練なども進みません。
 中小企業庁の中小企業BCP策定運用指針(第2版)には「突発的な緊急事態がBCPの想定通りに発生するはずもありません。また、BCPを策定していても、普段行っていないことを緊急時に行うことは、実際には難しいもの」と明記されています。中小企業にとって対応が難しいのは当然で、だからこそ繰り返し対策を見直すことも、非常事態への対応力の向上と、経営の安定につながるのです。
2016年の熊本地震で大きな被害を受けた健軍商店街。内閣府の発表によると被災地域の企業1255社のうち、約8割(1002社)が被害を受けた
中小企業庁ホームページ
https://www.chusho.meti.go.jp/
震災の影響を受けた中小企業向けの案内やBCPなどによる経営安定支援のサポート情報の提供を行っている


株式会社野毛印刷社
あなたの印刷ビジネス、”継続”できますか?
株式会社野毛印刷社のBCMを担当する常務取締役の北澤 三郎さん
 印刷会社による防災関連の商材開発の事例として、今回紹介するのは250万部の大ヒット商品『大地震対応マニュアル』の発売元である横浜市の株式会社野毛印刷社です。
「たとえば具体的な数字を挙げるとすれば30%、何が起ころうと残された30%だけは事業機能を維持させたいと考えています」
 BCPについてそう語り始めたのは、創業70年の野毛印刷社でBCM(事業継続マネジメント)を担当する常務取締役の北澤三郎さんです。商材提供側としてもBCPに関わってきた経験を中心にお話を伺いました。
心の備えも含めたBCPと印刷を止めないカウンターパートの存在
 東日本大震災の3年ほど前から企業防災、いわゆるBCPについて社内外への発信者の立場を担ってきた北澤さんの冒頭の言葉には緊張感がみなぎります。
野毛印刷社が作成した自社用BCPの文書。地震災害で取るべき基本行動が分かりやすく取りまとめられている
「災害発生により交通機関が機能しない、資材が集まらないなどの困難な状況でもビジネスを続けるために策定する事前計画、そして対応マニュアルの作成……それらが大きく『BCP(事業継続計画)』と呼ばれるものです。事業継続に必要な緊急かつ重要性の高い対応を最優先して、そのパフォーマンスを継続させる。それを実現して、企業は自らの命脈を維持できます。リスクを前もって考えておくだけでも、平常心で緊急事態に対処できるので、それだけでもBCP策定の意義は十分にあると思います」
 先に述べた30%はあくまで仮の数字だそう。しかし30%を死守する意識は「生命線を途切れさせない」ために大切な、心理的目標値といえます。
 また、中小企業は単独での対応に限界があるため、企業連携が大切です。
「カウンターパートという言葉をご存じでしょうか?簡単に言えば『対応相手』のことです。災害時の混乱した状況から物理的に距離をおいたカウンターパート、つまり遠隔地の互助パートナーをあらかじめ探しておき、印刷の現場作業を止めない努力をする。企業活動を決して停滞させないことが第一となります」
「いざという時」の社内向けマニュアルを 機転を利かして商材化
『大地震対応マニュアル』は企業向 けや学校向けなど、さまざまな機関向けのバリエーションが用意されている
同社が発行する各種の災害対応マニュアル。外国人向けや運転者向け、発達障がい者向けなど、対象読者ごとに商材化されている
 野毛印刷社の個性的な商品群の中で特に際立つのが、『大地震対応マニュアル』のコンテンツを充実させてリニューアルした『災害対応マニュアル』です。重さはわずか9グラム。手のひらにすっぽり収まる実にコンパクトな手引き書です。このマニュアルの開発経緯について、防災士の資格も持つ同社営業部の大石幸介さんにお話を伺いました。
 「きっかけは、2008年に社長の森下が、弊社の従業員向けに持ち歩ける防災マニュアルをオリジナルで作ったことでした。いざという時のためにこれを持ち歩きなさい、と従業員に配ったのです。そこには大地震が起こった際はどう行動すればいいのかなど、事態に対処するための基本ルールが簡潔に書かれていました。でも正直なことを言えば、その時点でピンとくるものではありませんでした(笑)。しかし当時の営業部長が、『これはツールとしてとても便利じゃないか。お客さまにも提案してみたらどうだろうか?』と着目し、追って商品化したのです」(大石さん、以下同)
 しかしながら、販売当初の売れ行きはいまひとつ。企業や自治体からの引き合いも芳しくなかった中で、とある有名私立大学から、学生への配布用に作りたいというオーダーがありました。それが東日本大震災の少し前だったのは、まったくの偶然でした。
「その後に起こってしまった深刻な出来事を経て、マニュアルの必要性が否応なく高まったのは言うまでもありません。多くの人が災害対応の重要性を感じたことから、注文が殺到するようになりました。結果的にわれわれが訴えたかったメッセージがダイレクトに伝わった瞬間でもありました」と大石さんは言います。
作ったら終わりではない。アップデートが大事
 震災を契機に、にわかにBCPという考え方がマスメディアや企業間の情報交換などを経て世間に伝えられました。「いきなり脚光を浴びた、とでも言いましょうか。そんな経緯があり現在、コンテンツをさらにブラッシュアップさせて、最も完成度が高いと自負できる『災害対応マニュアル』を発売しています。持ち運びできるハンディさと分かりやすくまとめられた文言とイラスト、破れにくい丈夫な紙という構成は当初から不変です。社内のごく小さなアイデアがこのマニュアルにつながったという意味では、大きな先見の明があったと言ってもいいかもしれません」(北澤さん)
 約250万部の発行部数と、延べ900件の発注……まごうことなきヒット商品です。しかしこの数はさらに伸びるかもしれません。地震の多い土地柄だけでなく、日本の企業数と就労人口を鑑みればさらに大きな潜在的需要があるのは明らかですし、まだまだこのマニュアルが行き渡っていないとも言えるでしょう。
 時勢を受けてBCPを策定したものの、よりよい周知方法が分からない。学生や地域住民の防災・減災意識をもっと高めたい。何かが起こった際のマニュアルを家族で共有したい……。そんな人々のために、身近なところでは同社の災害対応マニュアルが、大きくは各社のBCPが有事への適切なバックアップとなるのです。

株式会社 野毛印刷社
http://www.noge.co.jp/
北澤さんと同社営業部の大石 幸介さん(右)
  • 大きな被災を受けても事業を継続するためには、さまざまなケースを想定しつつ信頼できるカウンターパート(互助パートナー)をつくっておくこと。時間をかけて互助関係を築けば、機能不全という最悪の事態を回避できる。
  • 起こりうる被害について推し量りにくい面もある一方、想像して回避できるトラブルも必ずある。備えによる取引先への信頼向上、従業員の安心感、企業イメージや競争力のアップなどメリットも多い。
事業リスクは「不定形」。さまざまな状況を想定しておく
 印刷業においては、印刷機を中心とした機械の稼働が事業継続の「要」です。しかし一方で、人材・資材・物流などさまざまな要素で事業は成り立っています。事業継続のある一点にだけ拘泥しすぎると、事業のダイナミズムが失われてしまうことにも注意しましょう。大きな自然災害の善後策として、被災地から離れた遠隔地において、スムーズに再稼働させるためのカウンターパート(互助パートナー)を事前に見つけて提携しておくことが大切です。もちろんそれらは相互の協力関係で成立するものなので、自社から協力できることを前もって緻密に想定し、マニュアル化することも必要です。
 
back
Copyright(c) FUJIFILM BUSINESS SUPPLY CO., LTD. All Rights Reserved.