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地域を活性化して仕事を創る

2016/01
1. 株式会社マリーン5清水屋 株式会社マリーン5清水屋 多様な品揃えと文化発信で 閉店危機から「街創り」の中心へ
2. 宇都宮市 住民や商店街と一から創った アジア随一の国際自転車レース
■コラム
地域活性化の名企業
新しいことへの挑戦・検証・改善を繰り返し「非日常」を身軽に発信する店でありたい

  ●視点を変えて地元資源を生かし、満足度をアップ
  ●失敗を恐れずまず挑戦。計画・改善も現場で
  ●印刷会社による地域活性化とは

1. 株式会社マリーン5清水屋
多様な品揃えと文化発信で閉店危機から「街創り」の中心へ
 
 日本海に面した山形県酒田市の株式会社マリーン5清水屋は、1977年に創業、庄内地方唯一の百貨店として、市の賑わいの中心を担ってきました。しかし、1994年にダイエー系の中合と合併した後、郊外ショッピングセンターの進出でお客さまが減少し、リーマンショックの影響もあって、2012年には閉店しました。「清水屋が閉店すれば中心市街地が崩壊する」という危機感から自治体や地元商店街も動いた結果、別会社への営業引き継ぎが成功、4日間のみの閉店でリニューアルオープン。今では平日も多くのお客さまが集う憩いの場となり、業界で注目されています。
書店と一流料理で新しいお客さまを獲得
 マリーン5清水屋の復活の立役者は、同百貨店ビルの管理会社の経営者だった成澤五一さんです。事業の低迷した食品会社の再生を手掛けるなどの経歴から白羽の矢が立ち、マリーン5清水屋の現社長に就任しました。
 「清水屋は効率化の名の下、百貨店に本来あった多様な業種・品目を、売れやすい流行の衣料に絞り、多様なお客さまのニーズに応える基盤がなくなっていました。ローカルであるほど、百貨店は『多様な業種・品目』『文化の発信』という本来の特性を大事にしなければいけません」と成澤さん。リニューアル後は、従来のお店はそのまま残してスペースは圧縮、空いた所に新業種のお店を増やしてきました。
 酒田市に書店がほとんどなくなっていたことから、庄内一の280坪・12万冊を所蔵する書店を開設。専門書も扱う教養度の高い品揃え、カフェスペースの併設などで、若い男女、ファミリー層の新しいお客さまを獲得しました。「坪効率は厳しいですが、文化の発信には必須です」(成澤さん、以下同)。
 また、一流フランス料理店のシェフ・太田政宏さんが監修するフランス料理店「ロアジス」とそのパティスリー(菓子店)を開設。平日でもランチで満席になる人気ぶりです。
 「料理を目当てに来店してもらうのが狙いです。地方百貨店では飲食店はおまけという認識が普通ですが、発想を逆転しました」。
 料理によるさらなる集客も見逃せません。1つ目は、「太田シェフ監修の料理教室」。順番待ちが出るほど盛況で、生徒同士のコミュニティーもできています。2つ目は、最上階を改修して開設した、「ロアジス」などの料理が楽しめる「イベントホール」。年に数回、プロの歌手や演奏家の音楽が楽しめるディナーショーを開いているほか、貸し出しニーズも高く、想定以上の人気です。その理由は、料理やスイーツなどをホールで提供し、その料金だけで利用できるという使いやすさ。パーティーや音楽会、合唱団の練習とその後の打ち上げなど、多様な住民の集まりを活性化させています。
百貨店の枠を超えて「街創り」を提案・実行
 さらに成澤さんは2013年12月、自社のある中町商店街のキーマンや地元の東北公益文科大学の学生と共に、中町の賑わいをつくる「トポス計画」を市に提言。同社隣の空きビル1階をフードコートに改修、近隣の元ホテルの空きビルをシェアハウスに改修して大学生などに住んでもらおうという計画でした。結果的に、行政による飲食店誘致が難しく、方向は修正されましたが、この空きビルを活用し「健康増進センター」を作る計画が進むなど、行政が動く大きな契機となりました。その後このエリアは、若い女性向けのショップやカフェが空きビルに入るなど、少しずつ活気が出ています。
 提言は実現しなかったものの、成澤さんはすぐに次の一手へ。まず清水屋1階の「中町モール」側に「回鮮寿司店」をオープンし、手頃でいて本格的な寿司、品格ある内装、最新のタッチパネル注文機で話題を集めています。今後も飲食店を増やし、自社だけでもフードコートを作る計画です。
 さらに全く新しい挑戦として、酒田市出身で『魔法の天使クリィミーマミ』『NARUTO』などのアニメ制作会社の創業者として有名な布川郁司さんに協力を要請し、2016年から大規模なアニメグッズ販売を開始。アニメクリエイター養成講座の開講、アニメが好きな若者の交流スペース作りも構想しています。
 「地方百貨店の状況は厳しいですが、自ら動かなければ倒れてしまう。新しいことを試し続けることで必ず成果は出ると実感しています」と成澤さん。百貨店の枠を超えつつ「文化の発信」というアイデンティティーを生かし、効率や合理性にとらわれない新たな活動で「新しい街創り」を進める取り組みは、印刷物で文化を発信する印刷会社にも大いに刺激になります(同社の取り組みは次の3面でも紹介します)。

庄内一の規模で誘致した「宮脇書店」(左)、高級感のある「イベントホール」(右上)。店内では他にも、伊勢丹などでも扱われる人気ブランドや20・30代女性のファッション(右下)、ギャラリーコーナー、楽器や美術品なども年々充実させています
  • アニメグッズ販売の例のように、地元の文化資源を知る印刷会社にも、地域活性化の種を見つけて発信し、盛り上げていく試みが期待される。
  • 学校や商店街などとの多様なつながりを生かし、本業外の活動で住民との接点を広げたり、行政へ地域活性化の提案をすることは印刷会社にも有効。
 
2. 宇都宮市
住民や商店街と一から創った アジア随一の国際自転車レース
 
 宇都宮市で年に一度開催される国際的な自転車レース「ジャパンカップサイクルロードレース」。国際自転車競技連合認定のアジア最高峰のレースとして、世界の一流選手が出場、山や街中を圧倒的なスピードで駆け抜けます。24回目となった2015年は、3日間で12万5000人が来場し、経済効果は20億円といわれています。
“国内初の世界選手権”から始まったレース

宇都宮市 経済部 観光交流課 島田 一さん。
2014年よりジャパンカップ実行委員会事務局を担当しています
 1980年代、山中でのロードレースを含む「世界選手権自転車競技大会」を、日本で初めて開催する話が持ち上がり、自転車競技連盟が活発だった宇都宮市が、競輪のトラック施設を持つ前橋市と共に手を挙げました。
  「当時の日本にはロードレースの素地がなく、『無謀な挑戦』と言われたようです」と笑うのは、実行委員会事務局を務める宇都宮市観光交流課の島田一さんです。「準備には数年をかけ、欧米のレースの視察や、企業の協賛を求めに奔走しました。世界的なチームとの交渉など、経験がないことばかりで苦労したようですが、大会は何とか成功し、ロードレースの日本代表チームもできた。ここでロードレースのイベントが終わってはもったいないと、市と自転車競技連盟を中心に『ジャパンカップ』をスタートさせました」(島田さん、以下同)。
 「ジャパンカップ」が軌道に乗った要因の一つは、年間幾度にもわたる交渉や説明会で警察や消防、住民の協力を得て、安全な運営を実現したことでした。 また、「『住民と一緒に作ること』を意識し、第1回から選手への炊き出しやオフィシャルグッズ販売、 道路の警備などに住民ボランティアを募り、地域に応援される形ができました」。現在はレース審判の資格を自ら取って協力する住民もいるそうです。
高校生選手による「ホープフル・クリテリウム」。4万人の観客の中で走り、選手本人はもちろん、その両親や関係者にも大いに喜ばれました

 また、宇都宮市は、学校へのPRなど若い選手の育成にも長年力を入れており、地元出身者も在籍する日本初の地域密着プロチーム「宇都宮ブリッツェン」が育ったことが、大会への熱い支持の鍵になりました。2015年には、全国のインターハイ上位の選手に世界のトッププロが走る「クリテリウム」※のコースを走ってもらう「ホープフル・クリテリウム」も開催しました。
※街の中の短いコースを何度も周回するレース。山の中を走る「ロードレース」とは別に、6年前から開催している
名物とのコラボ、歴史を語る印刷物が好評
山中を走る「ロードレース」(2015年)。「迫力のレースを間近で見る感動は、住民の大会への賛同に大きく寄与しました。また、欧米に劣らぬ日本人観客の声援の熱さと、観戦マナーの良さが選手に喜ばれたのも、大会が続いているポイントです」と島田さん
 現在では、地元商店街や企業とコラボして、餃子やカクテル、ジャズといった宇都宮名物を選手と来場者にフリーペーパーなどでPRし、大会限定メニューを作るなど、地域全体で「おもてなし」しています。当初はレース後すぐに東京へ移動していた選手たちも、今では宇都宮でゆっくり過ごすことが多いそうです。
 島田さんは近年、「国際レースや世界的なチームの歴史など、奥深い物語を印刷物でしっかり語っていきたい」と、紙媒体の発行に注力しています。2015年は、コース案内や選手情報をまとめた無料のタブロイド紙も発行。「スマートフォンなどで情報を見るより臨場感がある」と好評でした。
 現在、市では2015年に地元メーカーとコラボしたジャパンカップオリジナルの地ビールを販売したり、大会の企画・運営の多くの部分を民間企業へ委託したりしています。大会の新企画や地域を巻き込んだイベント、国内外へのPR、コラボ商品の開発など、印刷会社にこそサポートできる部分が大いにありそうです。
  • もともとの地域資源がなくとも集客できるイベントを創ることは可能。長期的な視点に立って住民を巻き込み、若年層からも共感を得る地道な努力の継続が重要。
  • 「印刷会社さんには、グッズなどのデザイン提案や、地元情報のPR方法といった、ソフト面での提案を期待しています」と島田さん。宇都宮市が大会と地元の食や文化を結び付けたように、地域内の異なる要素を組み合わせて新たな「コト」を創る提案も有効。
 
■コラム
地域活性化の名企業
新しいことへの挑戦・検証・改善を繰り返し 「非日常」を身軽に発信する店でありたい
株式会社マリーン5清水屋
 マリーン5清水屋は、上品で明るく、洗練された内装が印象的です。成澤さんは、「ガラッと改装しなくても、常に少しずつ変えることで、美しさや活気を『劣化』させず、お客さまを飽きさせない店を目指しています」と言います。高品質なファッションや高級宝飾品、骨董品、フレンチの惣菜を置く一方で、大きな100円ショップ、プリクラコーナーも。
 「従来の百貨店らしさにこだわり過ぎず、お客さまそれぞれの『非日常』を柔軟に楽しんでもらえたらと思っています」。
●視点を変えて地元資源を生かし、満足度をアップ

株式会社マリーン5清水屋
代表取締役社長 成澤 五一さん
 「本格的なフレンチが味わえる」と同社のディナーショーは毎回人気ですが、歌手や演奏家は地元のプロに依頼し、手頃な料金を実現。ウエーター・ウエートレスも、百貨店の売り場担当などの従業員が、当番で担当しています。
 また、近年は百貨店駐車場の一部を使い、バーを併設したライブハウスもオープン。地元のミュージシャンが出演のほか運営にも関わり、東京から有名なアーティストを招待することもあります。夜の賑わいが少なかった街ですが、「若者が夜集まるようになり、街に熱気が感じられてうれしいです。設備投資に対しなかなか売上は見合いませんが、街には必要な場所です」と成澤さんは言います。
  「物を効率よく買えるだけのショッピングセンターと差別化し、訪れるだけで楽しい、エンターテインメント性のある店にならなくてはと思っています。でも無理をし過ぎなくてもいい。ディナーショーなら、全国区の歌手が来なくても、料理が一流でさらに音楽まで楽しめると喜んでもらえるのです。地元の資源を生かして少し工夫すれば、お客さまに十分満足していただけることも多いと思います」。
清水屋では週に3日、人力車による送迎、観光案内サービスも。酒田市の魅力を市内外にPRする活動を自主的に行っていた斎藤 望さんの存在を成澤さんが知り、清水屋でバックアップ。約150万円の人力車も購入しました
●失敗を恐れずまず挑戦。計画・改善も現場で
 リニューアル前の清水屋は、トップダウンが徹底しており、従業員に意見を聞く風潮がありませんでした。しかし、「百貨店で一番大事なのは現場。現場の話、悩みを聞くことだけで、お客さまのさまざまな動向が分かります」と成澤さん。従業員に売り場作りの意見を聞き、日常的に行うイベントの企画をどんどん出すように促しており、従業員が考えた企画は基本的に実行させています。「企画の実現が難しいと思っても諦めず、やれる方法がないか考え、一人で方法が見つからなければ相談するように」と教え、上司には、部下の相談に必ず乗り、協力させるようにしています。
 「現場には新しいことを考えるくせをつけてほしい。失敗は大歓迎。いろいろ試す中でお客さまが喜ぶものを育てればいい」と成澤さん。そのため、トラブルが起こっても従業員を責めることはなく、あらゆる問題が報告されるようになり、すぐに関係者で解決策を考え、軌道修正するまでの時間も短くなりました。
 成澤さんは今、大小の企画や店作りについて、「計画・実行し、問題の原因を追究し、改善する」という繰り返しを、現場で自律的に行える基盤を作ろうと、従業員のあらゆる声に耳を傾けています。
●印刷会社による地域活性化とは
 今回の地域活性化事例は、いずれの担い手も「強い当事者意識と主体性」「長期的な視点」「地域の他の主体や文化と結び付き、拡張していること」がポイントとなっていました。
 地域のさまざまなお客さまを持ち、印刷物の発行を通じて地域資源に触れ、詳しく知ることが可能な印刷会社こそ、これらを意識することで、地域の活性化に一層貢献できます。
 墨田区のある印刷会社では、区の飲食店を巻き込み、来場者に食べ歩きを楽しんでもらう「すみだバルウォーク」というイベントを企画・運営しています。また別の地域には、地元の魅力を伝える「散策マップ」や地元に関わる書籍の発行を自ら行っている印刷会社もあります。
 地域文化の発信を担う印刷会社は、活性化の重要な存在です。宇都宮市の例のように、印刷会社への期待は大きなものがあります。地域のボランティアや、町づくりの意見交換の場への参加など、まずは地域を盛り上げる志のある人たちとつながり、情報を得ることで、地域貢献において、気づいていなかった自社ならではの力が見えてくるのではないでしょうか。
 
 
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