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現場主体のイノベーション
 
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現場主体のイノベーション

2015/1
1. JR東日本 テクノハート TESSEI 現場の貢献を細やかに認め 清掃を感動のおもてなしへ
2. ハイスキー食品工業株式会社 こんにゃくが生レバーに? 10年の開発でニーズを創る!
■コラム
現場イノベーションの名企業
「イノベーションを楽しむ従業員」は 意見や貢献を認める現場で生まれる

  ●1割の現場リーダーが変革を回す
  ●褒める文化の定着
  ●印刷会社のイノベーションとは?

現場主体のイノベーション

1.JR東日本 テクノハート TESSEI
現場の貢献を細やかに認め清掃を感動のおもてなしへ
 

 東京駅のJR東日本新幹線ホーム、ブラウス姿で車内をさっそうと清掃するスタッフ。1編成につき総勢22人が、たったの7分間で新幹線10両の清掃、ゴミ出し、座席のカバー交換まで完璧にこなし、イキイキとした応対で乗客に感動すら与えています。彼らこそ、米CNNに「7ミニッツ・ミラクル」と賞賛されたJR東日本テクノハートTESSEIのサービス集団です。日本では日本航空と楽天のみの事例が取り上げられたハーバード・ビジネススクールで、なんと「変革のケーススタディ」として紹介されるなど、高く評価されています。

「本質」を見極め、「本気」を見せる

 同社が注目されるようになったのは、2006年にJR東日本から経営企画部長の矢部輝夫さん(現おもてなし創造部顧問)が就任してからです。矢部さんは1966年から国鉄の安全管理のプロとして、事故や不具合の原因・本質を徹底して考え、再発を断ち切るための変革を追求してきました。TESSEIでも本質を見極めるべく、「就任後1年半は、ずっと現場をぶらついていました」(矢部さん、以下同)。雑談も交えて従業員に話しかけるなど、現状を肌で感じようとしました。
 実は意外なことに、同社マニュアルは、以前から大きくは変わっていません。もともと従業員の大部分が一生懸命で、マニュアルもよく守り、規律正しい風土でした。しかし、クレームや従業員の入れ替わりも多く、ノウハウ継承などがあまりうまくいっていなかったといいます。
 「多様な職業・経験を経た従業員が入社してきますが、話してみると、それぞれ問題意識や意見を持ち、能力も高いことが分かりました。しかし、以前は1の失敗があれば追及され、残り のきちんと行った仕事や、本人の問題意識が日の目を見ることはなかった。私は、彼らの普段の仕事にスポットを当て、その意見やよいと思うやり方を尊重すべきだと確信しました。経営陣だけで会社の変革はできないし、経験ある人たちを一からガチガチに教育することなどできませんから」。
 矢部さんは1年半後、「現場を尊重した変革を本気で進めること」を示すべく、約800万円かけて、新幹線ホーム下にある詰め所のエアコンの改良工事を行い、夏は暑さで室外機が止まるほどだった環境を変えました。従業員が何年も訴えながらかなわなかった改善です。
 「今度のリーダーは何か違う」という空気が流れたころ、矢部さんは現場に語りました。「うちは清掃業じゃない。旅ゆくお客さまに思い出や感動を提供するおもてなし業になるんだ」。パートを含む従業員に会社ビジョンが語られたのは、これが初めてでした。

ボトムアップで変革し続ける仕組み

 矢部さんの掲げたビジョンの実現に向け同社が始めたのが、「エンジェルレポート」です。主任クラスの従業員30人が交代でリポーターになり、「現場で自分がいいと思ったことを書きまとめる」というもの。「○○さんが高齢者のお客さまの荷物を持って差し上げた」「トイレ清掃に苦戦する仲間を、○○さんは自分の仕事を早く済ませて手伝い、発車に間に合った」など、7年間で約1万8000件、今も年間3000件が報告されています。レポートは取り上げられた個人の実名入りで全社に公開、共有されます。多く報告された個人、報告数の多いレポーターにも、報奨金が出されます。
 もう一つが、現場からの改善提案活動です。「いつでもプロジェクト」は、誰でもいつでも、仕事に関わる提案を応募できる制度です。実は、東京駅新幹線コンコースのベビー休憩室、新幹線内の女性専用トイレもここから生まれました。ほかにも、小集団活動で現場から出た「清掃中に落とし物を拾ったら自分の作業バッグに鈴を下げ、落とし物の存在を知らせる」「ほうきを分解式に変え、バッグに入れて両手が使えるようにする」などの提案がすぐ採用されました。注目したいのは、作業時間の「7分間」も人数も変わらないにもかかわらず、現場が自ら新しい作業を加える提案をし、そのたびに効率化の方法を編み出していること。そうまでさせる原動力は、自ら仕事を変革する楽しさや、認められる喜び、仕事への誇りではないでしょうか。


事務所に張り出された「エンジェルレポート」の一部。
レポートのまとめ方に決まりはなく、本人がいいと感じたことを自由に書く

  • 経営者の役割の一つは、現場の変革の仕組みを継続させ、実効性あるものにすること。同社では、(1)経営陣が現場を見て変革の方向性を考え抜き、その意義や必要性を本気で伝えたこと、(2)普段の仕事の貢献を正しく認める基盤を現場内につくったことが、イノベーションの鍵になった。
  • 定型業務が中心の現場の変革には、異なる分野からのリーダーを入れることは効果的。また、現場でも、(1)個人のノウハウやアイデアなどの「暗黙知」を積極的に引き出し、見える化・共有化する仕組み、(2)多能工化やジョブローテーションを活用し、作業プロセス改善を新たな視点で行うことも有効。
 
2. ハイスキー食品工業株式会社
こんにゃくが生レバーに? 10年の開発でニーズを創る!
 

 キャビアやマグロ、生レバーそのものの見た目と食感、味わいでありながら、実は低カロリーのこんにゃくで作ったという商品で、テレビや雑誌、海外の食品産業からも注目を集めるのが、香川県にある従業員30人弱のハイスキー食品工業です。
 なんと、創業時は飲料メーカーだった同社。もともと飲料業界は、回収が前提のビン製品をメーカーが地域に売っていましたが、缶ジュースが開発され、多くの中小メーカーが淘汰されました。同社は副業で作っていたこんにゃくへ主軸を移しましたが、社長の菱谷龍二さんは、「中小企業は独自の技術で付加価値のある商品を作らないと生き残れない」という思いを強め、1996年に開発室を創設したのです。


こんにゃくレバーは、牛生レバーが禁止された2012年7月に開発。
こんにゃくと思えないおいしさでメディアの話題をさらいました。
「まぐろの開発で完成に至っていなかったものをアレンジしたらできた」といいます。

長期的な構えで新しいものを生み出す

 同社のアイデア商品の肝は、「こんにゃくの脱アルカリ技術」。しかし、開発室設置からその特許を得るまでに10年かかったといいます。
 「当時は電子レンジが広まった頃で、『こんにゃくも早く・簡単に・おいしく食べられなければ』と思ったんです。こんにゃくはアルカリを抜くと味しみが良くおいしくなりますが、煮込んでしばらく置く必要があります。それを瞬間に脱アルカリする技術を目指しましたが、業界では非常識といわれました」。
 こんにゃくの製法は約100年間変わらず、業界で全く開発がされていませんでした。「ならば変える価値がある」と考えた菱谷さんは、バブルがはじけた時代を好機に大卒社員2人の採用に成功し、基礎研究から始めます。
 「石の上にも10年」と心に決め、脱アルカリなどの技術開発を進めつつ、アイデア商品作りに挑戦しましたが、狙ったものができず、失敗ばかり。開発は売り上げに全く貢献せず、従来商品の製造・販売で会社を維持していました。脱アルカリ技術を確立するまでは、開発をあきらめかけたこともありました。しかし徐々に、失敗が成果に変わっていきます。
 「例えばOEMの依頼で、『こんな食感の商品は難しいな』と思っても、失敗の際に蓄積した過去データが思わぬ鍵になり、すぐに解決策が出せるようになったんです。引き出しの多さが、今になってすごく役立っています。続けてよかったなと思いますよ」と菱谷さんは目を輝かせます。

全員開発・全員営業・全員経営!

 「いろんな擬似食品をとにかくたくさん作った」という同社。地元で力のあるスーパーやメーカーが「誰が考えたの? あんたんとこ、面白いな」と注目するようになります。お客さまは、形になって初めて「これが欲しかった」と気づくことも多いようです。実は、同社の開発は現在3人の開発室メンバーに加え、営業や事務職の女性など、全員で行っています。開発会議では、食品のアイデアのほか、味、ネーミング、外装デザインまで、積極的にアイデアを出します。試作品ができると各自が自由に意見を言い、商品に大きく反映されます。「営業の『売れない』『開発のせい』などのせりふは通用しない」(菱谷さん)といいます。
 また、同社では数年前から「全員営業」も実践。商品別の販売・在庫状況、売り上げ、生産予定に至る情報を、全員がパソコンで共有しています。さらに、誰でもお客さまからの電話を取り、問い合わせやクレームを受けた人が「改善報告書」を作るのが決まり。お客さまが伝えた趣旨をまとめたら、次に営業、生産に回し、問題がある場合は該当部門が原因を究明し、解決策を書き、その日中に菱谷さんに提出します。全員がこの対応をするため、自然に会社の情報を知ろうとする習慣がつき、お客さまの声と会社の現状をみんなが共有しており、それが「全員開発」にも生かされています。
 長期の視点で変革にのぞむ経営者の覚悟と、部門を超えた会社の課題の把握と解決に自分ごととして取り組む従業員の姿勢が、同社の成功の秘訣といえそうです。


「昔は営業に行っても、値引きを求められるだけ。
人の心まで満たす食品を創る会社に変わりたかった」という同社社長の菱谷 龍二さん。
毎年春と秋に新しいアイデア商品を次々と発表しています。
現在では、香川大学が開発した、血糖値の上昇を抑える「Dプシコース」という
希少糖入りの「スムージー」など、また新たな分野に挑戦しています

  • 100年間も変わらない製法・技術でもイノベーションを起こせることがある。長期の視点と継続的な取り組みが鍵。成果の刈り取りを急がず、長く続ける中で積み重ねた失敗が、後に大きな価値に結び付いている。
  • 会社の状況を従業員に透明化する環境や、部門を超えて意見が言える環境は、従業員の当事者意識や問題意識を引き出し、変革の原動力にすることができる。
 
■コラム
現場イノベーションの名企業
「イノベーションを楽しむ従業員」は意見や貢献を認める現場で生まれる
株式会社JR東日本 テクノハート TESSEI

 JR東日本 テクノハート TESSEIの現場従業員が新幹線の清掃で見せる動作は、フランスの国鉄総裁に「このサービスを輸出したい」と言わしめるほど、効率的で無駄やミスの少ないもの。昔とあまり変わらないマニュアルを使いながら、現場を変えた矢部さんに、「変革で大切なことは?」と問いました。 「変革はお客さまに喜ばれるためのもの。でも、お客さまの声やデータの分析では、本当に望まれていることは分かりません。受け身でなく、喜んでもらうために何をすべきかを自分の頭でアグレッシブに考えることが大切です」と強調します。  多くの製造現場で実施されている「ヒヤリ・ハット報告」も、同社ではさらに、各人が「マイ対策」を加えて報告しています。これにより、問題点と解決が分断されるのを防ぎ、スタッフの主体性を喚起することができます。また、現場一人ひとりの仕事の課題と改善への気づきを共有し、自らの仕事に生かすという好循環ができています。なお、報告は義務ではないにもかかわらず、約900人の従業員から年間約3000件も上がっています。やはり仕事や改善策が認められる地盤があるためと考えられます。

●1割の現場リーダーが変革を回す
 矢部さんは「おもてなし業への転換」という夢と、そのための方針を現場に向けてよく語ります。ただ、方針を真に理解して自ら動けるのはだいたい1割だといいます。 「でも、その1割が残りの9割を引っ張っています。彼ら現場リーダーがいれば、経営層が変わっても変革を続けられます。現場リーダーには、中でも自分の意見を持ち、簡単にイエスと言わない人物を私は選んでいます。全体への問題意識を持ち、上に物が言える人間に現場はついていきますから


同社おもてなし創造部 顧問の矢部 輝夫さん。「従業員はリーダーをよく見ています。変革の際は、実行への熱意と本気を見せないと決して信頼しないし、動かないですね」

●褒める文化の定着
 矢部さんが作った「おもてなし創造部」の使命は、CS向上もありますが、実はむしろ「従業員のおもてなし」がメインです。これは、「従業員の満足があって初めて、お客さまに喜ばれるサービスができる」という考えに基づいています。「エンジェルレポート」や「いつでもプロジェクト」は、矢部さん率いるおもてなし創造部がすべて目を通しています。個人の頑張りやアイデアを全社に知らしめ、それを評価や実際の改善に生かすこれらの活動で、従業員は尊重されていると感じ、モチベーションアップにつながっています。
 「ただ、褒めることを単純に導入すれば効果があるわけではありません。当社は、マニュアルをきちんと守る意識や規律はもともとあった一方、現場の貢献を認める風土がなかったので、このまま厳しくするだけでは失敗すると思ったのです。各社の事情によって百社・百とおりの変革があると思います」。
 矢部さんは、「当社で変わったのは現場ではなく、われわれマネジメントのほう」と言います。
 「質の高いおもてなしを実践してもらうため、マニュアルにある以外のことは現場に任せるという形ができた。それにより、従業員が本来持っていた力が引き出されただけなんです」。この言葉が、同社のイノベーションのエッセンスといえそうです。

●印刷会社のイノベーションとは?
 今回の事例では、清掃やこんにゃくという身近な商品・サービスで、社会に喜ばれるイノベーションを起こしました。
 では、印刷会社のイノベーションとはどんなものが考えられるでしょうか。ある会社では、製版作業から製本、配送作業までを全人員がこなせるようにし、前工程を終えた人員が後工程を補助することで、即日納品を実現しています。プロセスイノベーションの事例です。
 特殊紙への印刷技術を生かした「お風呂で読める本」なども、印刷を高付加価値化したイノベーションといえます。また、ある会社では、オフセット印刷機にインクジェットのヘッドを搭載し、配布地域ごとに異なるQRコードで割引券情報を印字し、お客さまの追跡マーケティングに貢献しています。印刷技術の革新は、主に資機材メーカーが主導することが多いですが、技術をどんな商品やサービスに転換させるのかには各印刷会社の独自性があり、イノベーションの余地が残されているといえます。

 
 
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