すぐに分かる! 注目の経営手法や市場の「今」 グリーンレポート |
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1.株式会社カワキタ
“ギャルママ”や異業種との連携で新市場をつくる |
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「ギャルママ商品開発部」という印象的な名の企業コラボレーションをご存じでしょうか。大阪の中小ものづくり企業が連携し、独自の価値観・スタイルを大事にする“ギャルママ”たちを商品企画に参加させ、彼女たちが求めるデザインや機能の育児グッズを開発する取り組みです。
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消費者本位のものづくりで自立 |
取り組みの呼び掛け人は、株式会社カワキタです。同社は1946年にセルロイド用金型の製作で創業し、その後、金型を使ったセルロイドやプラスチックのおしゃれ小物、文具などを製造してきました。1984年にはファブレス化し、商品企画に特化。大手のメーカーや小売店にOEMで商品を提供してきました。安定した受注がありましたが、OEM先の事情で生産量が大きく左右されるリスクも考え、社長の河北一朗さんは、「大企業に必要とされ、物を言える技術力・企画力を持たなくては」という問題意識を持っていました。
子どものいる河北さんは、子どもが大好きで、社会的な育児の課題にも強い関心があります。
「ギャルママ商品開発部」のうち、カワキタの開発商品。色柄も“ギャルママ”が好むものを開発。追求した高い機能性も備えながら、価格は抑えている
「書店は多くの子育て雑誌にあふれ、育児グッズ市場は可能性に満ちています。ならば自分で作ってみたい、作るからには業界トップの物を作りたい。そのためには、とことん子どもとママの立場に立った商品を企画したいと思ったんです」
社長は、プラスチック製品にとどまらない、幅広いグッズの企画を大手企業に精力的に提案し始めます。これらが高く評価され、OEM提供は進みましたが、やはり相手の事情が優先され、同社が理想とする物が作れないことが少なくありませんでした。次第に「自社ブランドでお客さまが本当に喜ぶ物を作りたい」と思うようになりました。
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「ニッチなもの」にアンテナを張る |
「ギャルママ商品開発部」 Facebookページのイメージ画像。 後列中ほど、作業服で手を挙げているのが河北さん
河北さんの日課は、書店での新刊や雑誌のチェック。あるとき目に入ったのが、子育て雑誌の中で異彩を放つ『I LOVE mama』(現在は休刊)という雑誌でした。
「表紙はモデルのようなギャルのみ。中はママと子どものファッションが中心で、間に離乳食レシピ、子育ての悩み相談もあり、驚きました」。
「大手がひしめく子育て市場ではニッチを狙うしかない」と考え、その意識で世の中を見ていた河北さんは、「“ギャルママ”こそニッチだ!」と感じたといいます。確かに“ギャルママ”の市場規模は約30万人といわれ、大企業が手を出しにくい規模と考えられます。
河北さんはすぐに同誌の編集長を訪ね、“ギャルママ”目線の商品企画の構想を熱く語りました。編集長は、「彼女たちは自分が使いたい育児グッズを市場で探すのに苦労している。ぜひ作ってほしい」と絶賛。その後、全国の“ギャルママ”サークルをよく知る女性を紹介してくれ、彼女たちとの共同開発は一気に具体化しました。
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興味のあるママが一から開発に参加 |
商品ができるまでに、ママたちは何度も企画会議に参加。子連れOK、日時は彼女たちの都合に合わせるなど配慮します。各社の開発の進捗状況を共有する集まりも月一回開催
「ギャルママ商品開発部」は2011年3月にスタート。河北さんは、大阪の伝統あるものづくり企業に声を掛けました。現在は、同社と共に、段ボール・紙器製造のマツダ紙工業株式会社(東大阪市)、児童乗物・育児用品の製造・販売のエムアンドエム株式会社(大阪市中央区)の全3社が参加しています。
登録されているママは約300人。東京・大阪でのイベントを通じて知り合い、「ギャルママ商品開発部」の活動に興味を持ってくれた人たちです。そのうち中心的に参加しているのは大阪周辺在住の約20人。各社が参加希望のママを集め、それぞれ得意分野の商品を開発しています。ママは企画会議に最初から参加し、デザインや機能のアイデアを出します。商品は、参加企業で共同出資した通販サイトや各社販路で提供されています。
河北さんは今回の事業化で、広い「子育て市場」を狙うのではなく、その中の“ギャルママ”向けを対象とする「一点集中」の商品開発で、大企業との差別化を図ったのです。また、あえてとんがった言葉の「ギャル」を使い、「作業服を着た大阪の社長」とのミスマッチで関心を集める作戦を展開しました。
この戦略が功を奏し、同企画はテレビ・新聞などにも取り上げられ、知名度はますます高まっています(同事例については、次面でも詳しく紹介します)。
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- 経営者が事業化の種となる分野に関心を持つこと、そしてそれを印刷と結び付けて事業化する強い意志を持つことで、社内外の共感と協力を得る可能性が高まる。
- 下請け業態からの脱却には、目的や志向が同じ異業種の担い手(例えば広告代理店や後加工業者)との連携も有効。企画力、生産、販路、単独では困難な商品・サービスのブランド化などの広がりが期待できる。
- 多彩な業界のお客さまを持つ印刷会社こそ、異業種コラボを利用した商品開発や新しいビジネスのプロデューサーとなれる可能性がある。
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2.株式会社三宅
お客さまの要望に耳を傾け二度の新事業参入を実現 |
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製針から印刷、セキュリティービジネスへと、一見つながりのない事業への「業態変革」を成し遂げ、独自開発の共振回路内蔵の万引き防止用タグで、国内同市場30%超のシェアを達成したのが、広島にある従業員約20人の株式会社三宅です。その変革はすべて、既存のお客さまの何げない要望の中にあった新ビジネスの可能性を見逃さず、その具体化に挑戦した結果でした。 |
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製針業から印刷業へ |
同社は、現社長の三宅正光さんの祖父が1917年に創業した「三宅製針」から始まります。今でも日本の製針業をほぼ100%担う広島県で、同社は針の製造・輸出を手掛け、業界のトップメーカーでした。
1972年ごろ、衣料品に値札を留める虫ピンを同社から購入していたお客さまから、「値札の印刷までやってくれたら都合がいい」と打診されます。大学を卒業したばかりだった三宅さんは、「新しいことがしたい」と、1年間、関東の印刷会社で技術を習得しました。その後自社に戻り、印刷機を導入。自ら針作りの職人たちに技術を伝え、値札印刷の事業を立ち上げます。ここから始まったシール・ラベルの印刷事業は、現在も経営の一つの柱となっています。
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米国主導のセキュリティー業界へ進出 |
次に1983年ごろ、今度は流通関係のお客さまから、「万引きに困っているが、いい情報を知らないか」と相談されます。印刷会社には関係のない話題と思えますが、この何げない会話に、三宅さんは新事業の種を見いだします。セキュリティー業界の先進国である米国のセキュリティーゲートや万引き防止用タグの輸入会社に申し出て、販売代理店となりました。
「お客さまから相談され、少し調べたら、セキュリティー商品は日本ではまだ普及していないことが分かりました。将来性を感じ、面白いと思ったんです。印刷業に危機感があったわけではなく、やってダメなら撤退すればいい、という意識でした。針から印刷に事業を変えた経験があったので、新規参入には抵抗がありませんでした」
その後、CD、ビデオなどのレンタル業が盛んになり、同社の受注も増加していきます。
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独自視点で自社開発を成し遂げる |
三宅さん開発のダイカット製法のアルミ共振回路タグ。刃型で打ち抜くため回路パターンが高精度で、打ち抜いたアルミ部分はリサイクルもできる
タグが貼られた商品のイメージ
製針業で成功した祖父を持つ三宅さんは、「セキュリティー事業でも自分で物を作りたい」という思いが日に日に増し、とうとう1990年、それまで販売のみだった共振回路内蔵の万引き防止用タグの開発に動きます。まず米国製のタグを分解して観察し、それがエッチング(金属を腐食して溶解する処理)で作られていると分かると、「印刷の抜き工程で使うダイカット(打ち抜き)方式が取って代われる」と思い付きます。エッチング方式は不要部分のアルミを溶かして捨て、廃液も出ますが、ダイカット方式は不要部分も再利用でき、環境面でもコスト面でも優れているからです。
三宅さんは、「両製法の簡単な原理を知っていれば、ダイカットの優位性は分かる。それなのになぜ、エッチングが何十年も使われているのだろうと思った」と言います。同じものを見て、「もっといい物はないか」と考えるか否かが、多くの人が持っている知識から新しい価値を創る鍵なのかもしれません。
三宅さんは文系ですが、自らのアイデアを武器に、広島工業大学の教授を招き、新しく採用した開発担当者2名と共に理論・技術を学びながら、
見事世界初の共振回路タグのダイカット製法を開発し、特許を取得します。これがドイツの企業に注目され、ライセンス供与することになりました。1994年には海外への提供を始め、現在は12カ国に販売、特許は35カ国で取得するまでに。
株式会社三宅 代表取締役社長
三宅 正光さん
「今のライセンス供与や大手流通・小売の経営層への営業など、昔は想像もしませんでした。印刷業立ち上げ時、米国でも印刷を学んだのですが、その際に最新技術を見て高まった志や、外国人とやりとりした感覚が、今とても役立っています」 と三宅さんは分析します。
現在は次の一手として、新商品の製造を始めています。
「紙に、外部への持ち出しを検知する素材を折り込んだ『セキュリティーペーパー』です。実は企業や官公庁の情報漏えい元の70%以上が紙といわれており、需要を見込んでいます。今後はまず従来からの当社万引き防止用タグのシェア拡大を進めるのが目標ですが、引き続き新しいことは敏感にキャッチしていきたいです」
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- 日々のお客さまや取引先との何げない会話の中に、新事業につながる重要なヒントが潜んでいる。お客さまとの情報交換では、「その印刷物が最終的にどう使われるのか」ということや、印刷物の周辺の商品に関するニーズについても、聞き逃さないことが大切。
- 新事業の種の発見には、外の世界を見た経験や、誰もが当たり前と思っているものに疑問を持ったり、ほかの方法を考えたりする姿勢が鍵になる。
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■コラム
新事業の種を見つける名企業
中小企業の仲間の強みをニッチに集中 消費者にも企業にもうれしいものづくり
株式会社カワキタ |
大手に頼らず、自分が本当に作りたい商品を製造・販売するために、「ギャルママ商品開発部」を始めた河北さん。ここで目指したのが、中小企業としての強みを生かした「消費者目線のものづくり」「異業種連携によるシナジー」です。 |
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株式会社カワキタ
代表取締役社長
河北 一朗さん
●中小だからこそできる「消費者目線」
河北さんが“ギャルママ”サークルと出会って最初に行ったのが、彼女たちが今欲しいものについての座談会でした。彼女たちは多くの問題意識と、自分なりのアイデアを持っていたといいます。
「そこで、商品企画では最初からしっかり入ってもらうことにしました。消費者参加型の商品開発は目新しくありませんが、企画や生産の組織がしっかりした大手では、商品開発の最終段階で色柄のみを選ぶといった関わり方になりやすいと思います。その点、中小企業は消費者の思いを深く反映しやすい。これは強みではないでしょうか」と河北さんは語ります。
河北さんは、 “ギャルママ”と関わり、彼女たちが自分らしさを大事にしつつも、子どものことを第一に考える、真面目で一生懸命な人たちであることが分かったそうです。
「前向きで好奇心旺盛な彼女たちのアイデアには、ハッとすることも多いです。自分の企画が商品になり、喜びや誇りを感じてくれたり、日本のものづくりの良さ、大変さを知って感動してくれたり。『やりたかったものづくりはこれだ』と思う瞬間がたくさんあります」と声を弾ませます。 |
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●異業種が連携する強さと難しさ
「河北さんは、異業種企業との連携で、それぞれの企画力や販路、生産などのリソースを出し合うことが相乗効果を生むと考えました。ママたちの豊かなアイデアを幅広い分野に生かすこともできます。
「スタートして3年ですが、企業連携がなかったら続けられなかったでしょう。各社が、自社の儲けだけでなく、皆に利が生まれるよう目指したことが成功の秘訣です」と河北さん。同時に、連携には難しい側面もあるようです。ビジネスの進め方が各社で異なり、やってみないと分からないことも多々あります。連携企業は開始当初の6社から3社となりましたが、「この3社は本当の意味で価値観が共有できる仲間」だと言います。 |
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普段はカバン、必要なときサッと抱っこひもになる新商品「ダッコリーノ」。「従来のものは付けるのが手間で、使わないときは荷物になる」「男向けのデザインがない」などのパパの不満に応えた。 ウェブサイトhttp://www.daccolino.com ●形を進化させ新たな連携へ
「ギャルママ商品開発部」が話題になり、同社には子育て団体や企業から声が掛かるなど、出会いが広がっています。今度は東京の“イクメン”サークルで活動するお父さんと知り合い、彼が考案した抱っこひも・カバン兼用の新商品を同社が開発、2014年10月に販売することになりました。
「消費者であるパパさんと、カバンメーカー、デザイナーとのタッグです。連携は少し緩やかに、商品ごとのプロジェクトにしようと考えています」。 従来の経験を生かし、よりよい関係のものづくりを進めます。
多様なものづくりの担い手をつないで商品をプロデュースする河北さんの取り組みは、消費者、企業、学校、デザイナーや職人と関わる印刷会社が、社会に求められる新事業を実現する大きな可能性を持っていることを、示しているのではないでしょうか。 |
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●印刷会社の「新事業の見つけ方」は?
今回の事例に共通するのは、身近な場所から「新事業の種」を見つけていること、さらには、好奇心を持って外部の新しい世界に触れることが、新事業の確立に大きく役立っていることです。
多様な業種のお客さまと接点がある印刷会社は、こうした「新事業の種」と出会うチャンスが豊富だともいえます。その種の中から、経営者・リーダーの強い興味や問題意識と結び付くものに的を絞り、独自の戦略と強い意志を持てる形で進めることが重要です。
また両社とも、経営者が先頭に立って新事業を推進しています。新事業立ち上げは、自社の既存事業・経営資源に精通している人物が強くコミットし、既存事業とのシナジーや経営資源から見た実行可能性などを見極めながら、進めることが望ましいといえます。
印刷会社の新事業の取り組みとしては、例えば「地域の町おこしをしたい」「農業・漁業を応援したい」など、自分たちの関心をフックに、地元企業を集めて地域ブランド商品を開発する、生産者と流通業者の間に立って販促活動やパッケージ製作をプロデュースする、といったことが考えられます。 |
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